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中川浩一著『総理通訳の外国語勉強法』

今朝ふとこのニュースが目に留まりました。

首相通訳のスゴイ技 小泉さんのアドリブ、0秒台で訳す

しかし、有料記事で途中までしか読めないので、この方の著書を読んでみました。

Amazonのレビューでは結構賛否が別れているようですね。

私も、

 ”よく気がつく人や繊細な人は、外国語と自国語との違いに疑問をもたれ、その理由を解明しようとされるのかもしれませんが、私はそういうところには脇目も振らず勉強しました。

皆さんもなぜ外国語ではこういう文法、発音になるのかと思う暇があったら、寛容の精神で素直に受け入れ、その時間に一つでも多くの単語、構文を素直に、がむしゃらに覚えてください。” (「第2章 外国語習得のエッセンス」より)

という部分は疑問に感じましたし、レビューにあった通り、「精神論が多いかな」ととも思いました。母語を完全に習得してから、そして特に社会人になってから外国語を学ぶ場合、母語との違いを意識しながら学ぶ、というほうが効果的ではないかと私は思っています。しかし、この方の場合、「英語と書き言葉のアラビア語と話し言葉のアラビア語」の三つを非常に限られた時間で学ばねばならなかったこと、そしてただ学ぶだけではなく、通訳ができるレベルに磨き上げ、外務省やひいては国の命運を左右しかねない責任の重い通訳を担当するべく定められていたことは、考慮に入れて聞くべきでしょう。精神論も、悪くはないです。私も、「通訳とは、単に言葉の置き換えだけではなく、情報やメッセージを伝えること。そして、可能ならば、話者の感情やエネルギーを伝えられるとよい」といつも受講生の方にはお伝えしています。

この方が主張されている「アウトプット=スピーキング・ファースト」という方法は、うなずける点もあるのですが、そもそも自国語での自己主張に慣れていない方にはハードルが高いかな、と思いました。かく言う私もそうで、もともとの性格は内向的であり、自分自身のことについて語るのは得意ではないです。

そういう自分にピッタリだったのが通訳訓練という学習法でした。「誰かのために訳す」知識や技術を身につけるということで、外国語で苦手な自己開示を頑張ってするというよりは取り付きやすかったのです。




でも、考えてみれば私のようにシャイな人でも、「この商談はぜひとも成功させたい」「ここでは絶対にイエスと言ってもらうことが必要だ」というような状況に置かれれば、アウトプット重視の学習方法にも積極的に取り組めるのかな、と思いました。

著者の主張で一貫しているのは、目的意識がはっきりしていなければならない、ということです。

例えば、「なんのために外国語を学ぶのかをはっきりさせよう」と主張している章で、著者はアラビア語が専門ですから、次のように述べています。

 ”あなたはニュースや新聞がわかるようになりたいのか、アラブに旅行してアラブ人と日常会話を交わしたいのか、そしてその場合はアラブも広いので、エジプトなのか(エジプトの話し言葉が、書き言葉から最も乖離していて最難関といわれる)それ以外なのかを問うことにしています。” (「第2章 外国語習得のエッセンス」より)

 

また、次の箇所も大いにうなずけるところですね。

 ”ここで、私が改めて言いたいのは、何のために外国語を始めるのかというあぶり出し作業の重要性です。

海外旅行を楽しみたいなら、限られた文法、構文で十分対応できるでしょう。

しかし、本格的なビジネスシーンで使うことを目的とするなら、迷わずがっつり文法の学習に入っていきましょう。(中略)

また、職業によって取り組むべき分野も当然大きく変わります。

たとえば、一定の基礎力を前提とすれば、自動車メーカーのビジネスパーソンが最初に身につけるべきは、自動車の分野の技術的、専門的な用語であり、その次に日本経済や世界経済の動向に関わる言葉でしょう。

外交官であればまずは国際情勢や国際経済であり、外国の文学や歴史の研究ではないはずです。” (「第2章 外国語習得のエッセンス」より)

最後のところは若干異論もなくはありませんが−−私は、高校までの基礎教養はどの分野で外国語に取り組むにも必要で、日本語と外国語で理解できることが望ましいと考えています。自分が通訳現場で、その時のメイントピックには全く関係ないのだけれど、高校程度の知識があったことで助かったことが何度もあるから−−、目的意識を細かくあぶり出すべき、という主張は全面的に賛成ですね。

実際、知人の若い医療従事者の方に個人レッスンをしていたことがあるのですが、「英会話ができるようになりたい」という漠然とした目標の時はなかなか学習が進まず、「患者さんの予約が取れて、道案内ができて、どういう措置をするのか伝えられて、会計や次の予約に関するやりとりができるようになりたい」という目標が定まったら、効率よくより効果的に学習ができるようになりました。

オリジナルの単語帳を作る、聞き流してリスニングをしたつもりにならない、というのは私も賛成です。単語や熟語は文脈とともに覚えるほうが絶対に覚えやすいのです。オリジナルの単語帳を作る、ということは、通訳者なら誰でもやっていますね。

最後の章に書かれている、「外務通訳官がどうやって重要会議の通訳の準備をするのか」という話はスリリングで読み応えがあります。私も官公庁のお仕事を時々することがありますが、大いに参考になる部分と、民間なのでそうはいかない部分があります。機密の関係で「作戦ペーパー」(当方の発信内容と相手側の出方についての想定問答集)は全く見られないか、直前に少しだけ見られる、ということが多いのです。そしてもちろん、資料はその場で全部お返しするので、知識を蓄積していくことはなかなか難しいですね。

でも、「日本側要人の想定される発言を、紙を見ずに大きな声で淀みなく言う練習をする」「作戦ペーパーに書かれている文章は暗記しておく」という部分は、できる状況とできない状況があるでしょうが、話者の言わんとするところを暗記する位まで把握していれば、通訳する時も自信を持って通訳できるというのは自分の体験からも同感です。

フリーランスの通訳者の場合は、ずっと同じテーマの仕事をしているのではないので限られた時間の中で準備をしなければならないことと、組織内部の人と同じ情報・資料を得られるとは限らないところが難しいところです。

もっと明確に書けたのではないかなと思う部分もありますし、個人的に賛同しない部分もありますが、通訳の準備の仕方やどういう学習方法が効果的かを考える上で、参考になりました。

Amazonで見ると、外交官の方が書かれた、「総理通訳」という名のついた本がたくさんあるのですね。全部は読む必要はないと思うけれど、二、三読んでみようと思います。

 

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