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西浦博/川端裕人著『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』

「8割おじさん」で一躍一般人にも名を知られることになった理論疫学者・西浦博先生の活動の記録をまとめたもの。西浦先生の語りをまとめたものに作家・川端裕人氏の解説やコラムがついており、読みやすい。非常に示唆に富み、多くの論点を含む。

例えば、

  • 新興感染症対策の体制をどうやって構築するか
  • 感染症対策と人権
  • リスク・コミュニケーションのあり方
  • 政策決定における父権主義(パターナリズム)か、意思決定支援(リスク・インフォームド・ディシジョン)か

この本を読んで最も印象に残ったのは、当たり前かもしれないが「〜なのはこういうことではないか?」と直観的に感じたことでもその段階では仮説に過ぎず、それを確証(エビデンス)を持って言えるためには膨大な作業の積み重ねが必要であること。西浦研究室、押谷研究室、あるいはクラスター対策班のメンバーが限られた時間の中でそれぞれ膨大な課題に取り組み、少しでも有効な対策につなげていこうという姿に頭が下がった。

その点で、政策決定において、西浦先生のような数理モデルを駆使して経済的なインパクトを計算できる専門家の関与がなかったか、少なかったことが残念だった。民間のエコノミストには数理モデルによる分析をできる人材は数多いたのではないかと思われるが、この本を読む限り、またこれまでのメディアの報道を見る限り、専門家会議が分科会に改組されるまでに限ってもそういう人材へのアクセスがなかったように思われる。

また、医師や経済学者から、データや専門的な知見に基づく意見をそれぞれ聞いた上で、どの政策を最終的に選択するのかは政治の責任で行われるべきだが、それが弱かったのではないかとも思えてならない。専門家がどこまで政策決定に踏み込むべきかという点について、専門家の間でも意見の違いがあったり、初めての事態に対して戸惑いがあったことも読み取れる。

「このまま対策をしなければ、42万人が死亡する」という一般人には衝撃的であり、またその数字だけが独り歩きしてしまった被害想定について、「これは首相が言うべきことなんだ」「調整が整わないんだったら言ってはいかんのだ」という押谷仁先生(東北大学教授)の発言(第9章 「8割と42万人」より)、また「本当は政権に専門家の役割を支持する言葉の一つも言ってほしい」のに、「政府は責任転嫁のために僕たちを引き合いに出し始め」た、「政治家さえ、もう責任を取ることが難しいぐらいダメージが大きいのだ」という西浦先生の発言(第11章 「”経済の専門家はいないんですよ”と尾身先生は言う〜経済と科学の二項対立」)は重い。

しかし、科学的知見を政策に反映させていく上ではある意味政治的な手腕も必要だ。専門家会議の尾身茂副座長(現・新型コロナ感染対策分科会会長)が接触削減を「最低7割、極力8割」に着地させていくプロセスが興味深い。

 先にもお話しましたが、僕があくまで「8割の接触削減」を主張しているときに、最終的に「最低7割、極力8割」になったのは、「7割」になりかけていたのを尾身先生が押し返してくれた成果です。この件で、僕に電話をかけてくださった時、「あくまで8割でお願いします」と僕が言ったら、「おう、わかった」と、その後の会議で総理に説明してくれました。

これは同席した人から聞いたんですけど、「ここは、7割か8割かという話ですけど、医学者として見るなら、僕は8割を取るなあ」とかゆっくり言いながら、中身の文章を変えていくんです。「最低7割ということでしょうね」って言ったかと思えば、すぐに「極力8割でしょうね」といい、それから「そういうことだったら最低7割のほうはもう要らないかもしれないぐらいですね」とか言いながら、日本語が変わっていく。その後また押し返されて「最低7割、極力8割」となるわけですけど、一時は「極力8割」だけのスローガンになりかけるところまで(笑)。ものすごく困った流れになっていた時にも、尾身先生が大臣に会って政策が変わって、気付いたら解決していたというようなことが何度もあって、僕にしてみると理想のボスですね。とにかく突破力がすごいのです。(第12章 「専門家会議が卒論を書いた〜科学者から政治家へのフィードバック〜」より)

また、次の箇所も非常に印象に残った。

 でも、そんなふうにフラストレーションがたかまって、厚労省とも仲違いしそうな時、週末の有志の会で、尾身先生がテーブルを叩きながら、先生より若い我々専門家全員を叱るようにおっしゃったんです。

「厚労省がちびちび書き換えるとか、そんなしょうもない話はどうだっていいんだ。責任取れと言われるんだったら俺が取るぞ。お前たちはそんなもんなのか」「今は流行しているんだから、流行を止めるんでしょうが。お礼参りは終わったらちゃんとやるから、今はとにかく流行を止めるぞ」と言いながら、目に涙をためてみんなをいさめてくれたことがありました。(同上)

この方がWHOのトップだったら、現在こういう状況になっていただろうかと思わざるを得ない。

それから、感染症の数理モデルの専門家が西浦先生あるいは西浦門下しかおらず、モデルやそこから引き出された結論を検証するのが難しかった、ということも、一般の理解を得にくい要因になっていたのだとも気付かされた。物理や情報分野の人たちが独自の検証を始めたものの、感染症の予測において織り込むべき要素が共有されていないため、またデータやコードの公開が難しかったために的確な検証が難しかったということが、本書を読んで初めて理解できた。

また、国民がどれだけ科学的なリテラシーを持てるかにより、エビデンスに基づく政策決定の受け入れやすさが異なるのではないかとも感じた。

新型コロナ感染症は現在進行中の出来事であり、今後どのような経過をたどるのかは不明であるし、その時その場においてどういう政策が適切であったのかもずっと後にならないとわからないだろう。なので、この報告も、日本で第三波が始まる前までの時点での中間報告、ということになる。

手探りの状態で、しかし時間に限りのある中で最善を尽くしている関係者に心から敬意を表したい。そして、一人の国民として、できることをしていこうという気持ちをもたせてくれる一冊だった。

 

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